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サッカーボール業界の児童労働問題

2001年秋。アフガニスタンで米中枢同時テロの報復戦争が続いたそのときも、隣国パキスタンとインドで は、硬い革のボールを縫い続ける人がいた。世界中で使われるサッカーやバレ−ボールの多くは、安い労働力を頼りに両国で縫製される。作り手の中には学齢期 の子どももいるが、彼らがそのボールで遊ぶことはめったにない。テロと平和。貧困と豊かさ。02年、日本と韓国でサッカー・ワールドカップ(W杯)が開か れる。華やかな祭典の裏側にある人々の暮らしを報告する。

「サッカーなんか、したことないよ」

汗をだらだら流し、やせた少年(11)はボールを縫っていた。昼すぎに学校から帰ると、庭先に出した簡易ベッドの上で十 aもある二本の針を操り、五角形や六角形の革片を縫い合わせる。報酬はボール一個で八インドルピー(約二十四円)。少年はもう二年もこの仕事を続け、家計 を助けていた。
パキスタン国境に近いインド北部の町、ジャランダール郊外。ニューデリーに本部を置く国際NGO(非政府組織)「グローバルマーチ」のスタッフ冨田沓子 (とうこ)さん(24)は昨年七月、少年の村を訪ねた。泥とれんがで造られた粗末な家が、三、四十軒、軒を並べる村では、子どもが働くことは珍しくない。 カーストという身分制度が残るインドで、その村には最下層に位置する人々が住む。
大人が丸一日かけて縫えるボールは三個程度。一日の収入は法律で定められた最低賃金の半分にも満たない二十五ルピーほどのことも多く、ミルクとパンを買え ば、すぐに消える。長年、硬い革を縫っていると、人さし指にタコができ、ひどくなると指が湾曲する。冨田さんが見た手は、どれもボロボロだった。五年前か らボールを縫っている十六歳の少女の言葉が冨田さんの耳に残る。少女は学費を払えずに中学校を中退した。「本当はやめたくなかったんだけど」

スポーツ用品メーカー「モルテン」によると、世界のサッカーボールの生産量は年間約二千万個。W杯開催年には二倍近くに はね上がるという。その大半がパキスタンとインド製だサッカー発祥の地である英国の植民地だったことが、両国のボール製造を盛んにした。アディダスやナイ キといった大手ブランドが両国の現地企業に発注し、そこから仲介人を経て各家庭で縫製されてきた。
児童労働によるボール縫製に批判が出始めたのはW杯米国大会が開かれた1994年ごろから。インドでは約一万人(98年)、パキスタンでは約七千人(96 年)の児童労働が指摘された。国際サッカー連盟(FIFA)もフランス大会が開かれた98年に、児童労働で作られたボールはW杯で使わないことを決定。 ジャランダールのボール業者でつくる「インドスポーツ用品財団」(SGFI)は二年前から、FIFAの資金援助で児童労働排除の運動を始めた。小学校二十 四校を設立し、約二千ヶ所の縫製工場や家庭を査察しているという。

しかし、放課後に働く子どもはまだ多く、悪質な児童労働も水面下で行われているとの指摘は消えない。冨田さんは「SGFIの査察は業者主導で、地域が限られ、内容も不透明。NGOや国際労働機関(ILO)の協力を得て、透明性を高めるべきだ」と訴える。
「サッカーボールは誰が作るのか」の著作がある秋田大の深沢教授(スポーツ社会学)は指摘する。「日本は国際大会で日の丸を揚げるのに熱中し、悲惨な状況に置かれた子どもたちのことを見ようとはしなかった。W杯をきっかけに、祭典の陰の部分にも目を向けるべきではないか」

日韓両国が共同で開催するサッカー・ワールドカップ(W杯)が五月三十一日開幕します。日本による侵略という負の歴史が横たわる両国にとって、W杯は新しい友好の時代の扉を開くイベントとなります。W杯や日韓関係についての読者の意見を募集します。
意見は郵便、ファックス、電子メールで「東京新聞社会部W杯係」まで。郵便のあて先は〒108−8010(住所不要)。ファクスは03−3472−8147。電子メールは shakai@tokyo-np.co.jp

東京新聞 2002年1月1日

人権もビジネスの課題(イタリア生協のフェアトレードサッカーボールの取り組み)

98年、仏サッカーW杯開催時に、世界のサッカーボールの75%を生産するパキスタンでの児童労働が、問題視されていた。15歳に満たない子供たちが、その貧しさから、学校に行けず、長時間・低賃金労働を強いられていたのだ。

「子供を労働から解放し、学校に行かせるために、その父親に1ドル多く賃金を納入業者にも支払うよう働きかけた上に、学 校を建設しました」そう語るリカルド・バグニ氏は、3千の取引先を国内外に持つ、イタリア最大手のスーパー、コープ・イタリアの副社長である。98年に国 際労働規格SA8000を取得し、人道的な労働環境で商品を作るための努力を重ねてきた。

しかし、人権をビジネスの課題と理解させるのは、容易ではない。「人権?ウチには関係ない」と初めは、多くのサプライヤーはそっぽを向く。また、消費者に 対して児童労働のことだけを強調すると、「問題企業からモノを購入するのをやめよう」となり、その結果、仕事を失った子供たちが売春行為に走りかねない

こうした中で、コープは360万人の会員、4万人の従業員に対して熱心に人権教育を行っている。今後、全ての納入業者に SA8000を取得させるつもりだ。「人の考え方を変えるのは、新しい文化をつくることと同じ」とバグニ氏は言う。最近では、児童労働、妊娠テストなどの 人権を無視した活動を行う企業が、ボイコットにあっていることが報道されるようになり、ビジネスにおける人権の重要性が理解されるようになった。

人々の支持、信頼を勝ち取るには、時間とお金がかかる。過去に狂牛病問題が発生したとき、国内スーパーの牛肉の売上が 90%下がる中、コープは空前絶後の売上を記録した。「大金を掛けて商品の品質管理をしてきたので、これまで薄利でしたが、苦労が実りました。人権の課題 も真剣に取り組みます。」バグニ氏の決意は固い。

斎藤 槙(社会責任コンサルタント 米国在住) http://www.asuinternational.com